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「なでこSMILE」のアニメ感想BLOG

アニメや漫画などについての、自分の思いを記録するブログ

幻想の国ファンタジア

初稿<2010/02/16>


 <第一章>

「もうがまんならぬ」
デイビッドはとうとう家宝の剣を手に立ち上がった。
「あなたは英雄の血を引く息子。必ずや魔物を倒し、この国に平和をもたらしてくれるでしょう」
この国は建国より、周辺の森より出没する魔物の襲来に常に悩まされてきた。
小さな国だ。
国立防衛軍は、侵入する魔物を排除するのに手が一杯で、とても討伐隊を編成するまでには至らなかった。
そんな中、建国の父である現国王の無二の友人であった、今は亡き伝説の英雄デイブの息子であるデイビッドが成人を向かえ、とうとう魔物の本拠地を探すための旅に出た。
「森は広い。私は祖父であるデビットの代より、この地域の地形に詳しい。
魔物の本拠地を探す役にきっと立てるでしょう」
デイビッド出立の噂を聞きつけて、知恵を持つ若者ダビドが駆けつけた。
「ねえ、デイビッド。私が魔法を使えるってこと忘れたの?
これはただ料理したりするためだけの、飾りじゃないのよ?」
デイビッドの幼馴染の気の強い女の子。デビだ。
三人は準備を充分に整えて、国中からの熱い声援を受け、前人未到の森へと出発した。

「てりゃ」
デイビッドは魔物に抉り立てた剣を引き抜き、じっとりと脂に鈍った剣を振るう。
「あぶないわ。えい」
ダビドの危機をデビが炎の魔法で救う。
「その薬草は傷を癒す効果があります」
ダビドが得意の知識を披露して、みんなの飢えと乾きを癒した。
 
一週間経った。
彼らは死霊が道を惑わせようとする糸杉の林で迷い、
吸血鳥の住まう草原を血まみれになりながら渡り、
誘淫作用のある桃色の霧の中で、ダビドとデビがあわやの事態をおっぱじめそうになるのを、嫉妬の炎を燃やしたデイビッド怒りの宝刀の峰打ちでダビドを叩きのめした。

「るるるるりりり」
「あら、かわいい」
どこからともなく、水色をした妖精が一行の前に飛んできた。
「ほら、ごらんなさい。どんどん魔素値が高くなってきている証拠だ」
ダビドがボコボコに歪んだ顔面の、たらこ唇の端を吊り上げながらデイビッドの顔をちらっと見た。
「僕たちをどこかへ案内してくれるみたいだぞ」
デイビッドが無視して、妖精に駆け寄った。「・・・・・・」
一同はその妖精に導かれるかのように、暗い森の奥へ奥へと突き進んでいった。

そこは高い崖に穿たれた大きな洞窟だった。
「そうか、ここが魔物の本拠地だったのか」
「ほらね。見てください、私の持っている魔道具がこんなに回転して「よし、行くぞデビ!いよいよ本番だ」
デイビッドが唸り声を上げて駆け出した。 
「・・・・・・ちっ」
一同は妖精を先頭にして洞窟へと踊りこんだ。

洞窟での戦いは熾烈を極めた。
そこの魔物はこれまでの魔物とは比べられないほど強く、
モンスターであったり怪獣であったり怪物であったりした。 
宝刀の一閃。
馬のようなモンスターの馬頭が転がった。
「地獄の火炎地獄!」
デビの究極魔法が羽を持った怪鳥の群れを焼き払う。
「あぶない」
放たれたケルベロス猫の鉤爪の一撃が、
デイビッドの頭を吹き飛ばそうと迫る。
それをダビドが自分の身をかえりみず、助けた。
危機一髪。
宝刀の一閃。
ネコベロスは壁を汚した。
「ありがとう、ダビド」
二人の間に硬い握手が交わされた。
友情が芽生えたのだ。
 
どんどんと魔道具の反応が強くなっていく。
そしてとうとう、洞窟の最深部へと三人はたどり着いた。
彼らはいつの時代からあるのかわからない、古めかしい扉の前に立った。
「とうとうわれわれの旅も、終着を迎えたというわけか」
三人は見つめあい、
デイビッドは剣を、
デビは杖を、
ダビドは魔道具を、
それぞれ空中でがちゃんとならした。
「よし、行くぞ」
みなが息を飲む。
デイビッドがその扉をゆっくりと開いた。

開かれた室内を妖精が青く照らし出す。
そこは円形の広場になっていた。
洞窟の最深部の大きさは、デイビッドの国にある部屋ほどだった。
そこには何もなかった。
彼らはいろいろ壁とか床とか調べてみたが、何もない。
緊張したまま一晩そこに留まってみた。
が、何も起こらなかった。
一同は妖精の顔を見た。
「るるりりり」
妖精は特に、何の感慨もなさそうな表情をしていた。
「・・・所詮は畜生か」
デイビッドはつぶやくと、ダビドをにらみつけた。
「いや、いやいやいや」
ダビドは首を振った。
デビは、疲れた顔をしていた。
「疲れたわね」
デビはそう言った。
とりあえず、彼らはそこでもう一晩だけ待つことにした。
 
翌日になって、一睡もしていない全員が起きだした。
「これからどうするんだよ」
「さあ」
「さあじゃないだろ」
「るるりり」
「やかましいこの豚野郎」
デイビッドは妖精を叩ききろうとした。
「やめてデイビッド」
「うるさいこの尻軽女め」
「・・・・・・あなた、私が男知らないとでも思ってた?」
そう言ってデビが自分の太ももをなでた。
「う」
デイビッドが急に青い顔をしてうずくまった。
それを見下ろすデビの顔はどこまでも無表情だった。
「ちょっと、待ってください」
「なんだよ」
ダビドを見つめるデイビッドの目には疑惑の表情がありありと浮かんでいた。
「ほかに横穴があったとか」
首を激しく振りながらダビドはそう答えた。
「・・・一本道だったでしょ」
彼らのやりとりを見ていたデビが半笑いで言った。
「ちょっと、お前そこに座ってみ」
「ちょっと、ちょっと待ってください。本当に」
「・・・なんだよ」
「魔道具の反応がなくなっています。もうここには魔素がないんですよ」
「だから・・・なんだ」
デイビッドが剣を担いで、ものすごい形相でダビドをにらんだ。
「だから!だから!もう、悪は打ち滅ぼされたんですよ」
「・・・・・・」
「だから、封印とかだったんじゃないですか。この扉を開放する。すると邪気なりなんなりが無くなると」
「・・・・・・」
デイビッドは少し考える格好をした。
「つまりもう目的は終えたってこと」
「・・・そうかも」
「きっとそうですよ」
「そうか?」
「そうだそうだ」
「そうだイエーイ」
わっはっはっは。
三人は笑い出した。
デイビッドは抜き身の剣を、ようやく鞘に収めた。
「もう、デイビッドってばすぐに深刻になるから、怖かったじゃない」
デビがデイビッドの肩を叩いた。
「悪かった、許しておくれ二人とも」
「いや、でもデイビッドの気持ちもわかりますよ。私も正直なんだか釈然としませんし。・・・・・くそ」
「もう、その剣よこしなさい怖いから」
デビはデイビッドの剣を取り上げた。
「悪かった悪かった。てっきり最後の最後に悪の元凶が出てくるものとばかり思っていたものだから。ちょっと神経がおかしくなってたんだよ」
彼は頭を掻いた。
ダビドがにやにやと笑った。
「るっるっりり」
妖精が三人の周りをぐるりと回った。 
彼らは国へ戻った。


 <第二章>

国へ帰った彼らを待っていたのは、国中からの熱い声援と歓迎の式典だった。
「貴殿らは本当によくやってくれた。特にデイビッド。私の親友であり、お前の父親であるデイブも今頃バルハラにてお前を誇らしく思っておることだろう」
王宮の玉座の前でかしづく三人と妖精に対して、国王は感激の祝辞を述べた。
「ありがとうございます」
三人は深々と頭を下げた。
「あるいはその扉とやらは古の邪教徒の創りし、魔物の封印だったのかもしれんの。しかしこれでもう我々が心配することは何もない。貴殿らは英雄だ。今宵は大いに楽しもうではないか」
「はい!」
再び頭を深々と下げる三人。
「るるりり」
妖精が三人の周りを回った。
そのとき、三人の脳裏を同じことがさっと掠めた。
帰国の途中何度か、妖精が帰る道順と別の方向を指差したこと。
そして、その方向に何度かちらっと、別の洞窟のようなものが見えた気がしたことだ。
三人は同時に頭を振った。
そして同じことを思った。
帰り道にもう魔物は現われなかったじゃないか!
畜生めが。
「さあ、今宵は宴会だ。酒を出せ」
ラッパが高々と鳴らされた。
式典の開始だ。
三人は立ち上がった。
妖精がもう一度三人の周りを回った。
「るるりり」
彼らは笑顔を浮かべた。

・・・ところで、お前はなぜ消えないんだ?

国中は飲めや歌えの大騒ぎとなった。
舞い散る紙ふぶき。
国一番のケチで名の知られている酒屋のデーブまでもが酒蔵を開放し、無料で通行人に高級酒を振舞った。
デイビッドの母親はグレートマザーと呼ばれ、彼女の家へ人々が料理を持って押しかけた。その中には教会の司教までもがいた。
肉の焦げる香ばしい煙がどの家の煙突からも昇り、音楽がどの広場からも流れていた。
燃え盛る焚き火。
人々の笑い声が夜空に木霊する。
人々は建国以来の大熱狂。
クライマックスは、深夜十二時に開放された宮殿の大広間の壇上に、三人の英雄が現われたときだった。
国民の大絶叫。
喉よ張り裂けよとばかりに叫ばれる大合唱に、三人の言葉は誰にも聞こえない始末だった。
そして、王立音楽隊の演奏会が始まった。
それに合わせて踊り狂う人々。
酒に弱いデビは泥酔し、それでも音楽に合わせて踊り続けた。
デイビッドはダビドと再び固い握手を交わし、二人でかつて口にしたことがない豪勢な宮廷料理をたらふく食べ、デビに負けじと大いに飲んだ。
その日の熱気は、朝方まで消えることはなかった。
そして、空の端が白みはじめ、最後の一人が酔いつぶれて道端で眠りにつく頃、一足先に寝室へ入っていた王様はぶち殺された。
ケルベロス型猫。
ネコベロスによって。

三日後。
三人は再び、暗い森の中にいた。
三日で限界だったのだ。
三人とも木彫りの仮面を貼り付けたような表情をして、もくもくと魔物を処理していった。
「・・・・・・」
ギャース。
デビはもはや魔法の詠唱すらしなかった。
ダビドは淡々と罠を張り、誘い寄せた魔獣をゆっくりと沼に沈めていった。
「るるりり」
一週間後。
前回とは別の洞窟が見えてきた。
入る三人。
やはり現われる強敵。
さすがに、手を抜いてはやられる。
彼らはキチガイじみた表情を浮かべて、魔物に踊りかかった。
「死ねええええええええ死ね」
デイビッドの力任せの刀がモンスターに叩きつけられた。何度も何度も。死んでも何度も。
「これは地獄の火炎でもなんでもないのよ。ここが地獄なのよ。だからこれはただの死よ」
デビの究極魔法が洞窟の壁面を焦がした。
あまりの熱量に表面がガラス化していた。
もはや目の前にいた巨大な魔物の姿など影すらみえない。
「ネコベロスだぞ」
ダビドが叫んだ。
「しゃあああああああ」
三人の方がよっぽど猛獣だった。

しばらくして扉が見えてきた。
開けた。
なにもなし。
「・・・・・・はは」
三人は引き返した。

一旦国へと帰った。
そして誰にも会わず、捜索の結果を記した書簡だけを王宮に提出して、再び三日後出発した。
誰とも会わずに。
デイビッドの母親が病気で亡くなっていた。
葬式は既に済んでいたようだった。

森を四日ほど歩く。
洞窟が見えてきた。
入る。
殺す。
扉を開ける。
「・・・・・っは」
帰る。
出発する。

繰り返される作業。
三人はもはや森の魔物退治に関しては達人の域に達しつつあった。
まるで三人は家事でもこなすかのように、淡々と魔物を葬り去っていった。
「そういや昨日食った鳥はうまかったな」
繰り出される刀。
ぎゃあああああああああああああああ。
「まあ、私はもともと料理の仕事してたから、おっと」
ぎゃあああああああああああああああ。
「いや、あの香辛料もよかったよ、ダビドが取ってきたやつ」
「ああ、あれこないだ生えてましたから。うまいんですよ。隠し味です、っと」
糸がピーンと張り魔物の首がしまった。
ぐええええ、ぶちぶちぎゃあああああああああああ。
これでもう六度目の出征だ。
この頃になると、三人の絆は随分と強まりつつあった。
彼らはこれまで何度も、衝突を繰り返した。
疲労と緊張が高まると、御互いを口汚くののしりあった。
特にデイビッドの荒れ方が酷かった。
ある日、とうとう頭にきたデビが、デイビッドの宝刀を沼に沈めた。
ゆっくりと底なし沼に沈んでゆく父親の宝剣を沼岸で見守りながら、デイビッドは泣き叫んだ。
だが、その剣がすっかり、沈んで姿が見えなくなってしまうと、彼は大きな声で笑い声を上げ始めた。そして明け方再び寝床に帰ってきたデイビッドは、何かすっきりしたような顔をしていた。
それからはすっかりデイビッドはおとなしくなった。
ダビドが毒薬を塗った吹き矢を持ち歩くようになったのも大きかっただろう。
また、デビがはっきりと、私は勤めていた先の料理長によって女になったのよと、デイビッドに告げたのも大きかっただろう。
そのときはデイビッドよりもむしろ、ダビドの方が赤子のように泣いて暴れた。
今では彼は国軍から払い下げてもらった、普通の刀を腰に挿している。

「るるりり」
また、洞窟が見えてきた。
彼らはいつものように、うなずきあい、道内を探索する際にとるいつもの陣形を取った。これまでのように、決して油断をせず、かばいあい助け合い、怪獣を倒してすすむ。
そして、またしても洞窟の最深部にたどり着いた。
「るるりり」
彼らは扉を開けた。
「!」
そこはこれまでの五つの洞窟と違って、空間は祭壇場になっていた。
奥行きは深い。
しばらく進むと、白く輝く鍾乳石の柱の奥で、何者かの息吹を感じた。
「何かいる」
彼らは慎重に陣形を維持したまま、柱を回りこんだ。
ぐるぐるる・・・。
そこにいたのは、彼らがこれまで出会ったことのない、竜型のモンスターだった。
ドラゴンは口から青白い火炎を吐きだしながら三人に踊りかかってきた。
しかし、彼らは慌てない。
ダビドが罠を仕掛けて注意をひきつけ、デビが火炎魔法で、目をくらませる。そのすきにデイビッドが安物の剣を何度も首につきたてる。
火炎を火炎で相殺し、鋭い牙と爪はデイビッドが剣で防ぎ、その隙にダビドが毒針でドラゴンの目を射った。
ぐおおおおおおおおおおおおおおおお。
しばらくして、ドラゴンは打ち倒された。
三人はハイタッチをした。
「るるりり!」
妖精が青い燐粉を輝かせながら、洞窟のさらに奥へと進んだ。
「るるりり、るるりり!」
妖精が舞うその下、一面の金銀財宝が黄金の光を淡く光らせていた。
「ははあ、竜の習性ってやつですね」
ダビドがそう言った。
「それにしてもすごいお宝ね」
デビが感心してそう言った。
「るるりり、るるりり」
妖精は黄金財宝に突っ込み、金貨を宙に舞い上げて、遊んだ。
興奮した様子で、それを何度も何度も繰り返している。
「そうか、こいつ今までずっとここを探していたのか」
デイビッドが呆れたようにいった。
そして三人は顔を見合わせた。
「ぷっ」
「ふふふふ」
そして、誰からともなく笑い出した。
「わっはっはっは」
笑い声が洞内に木霊した。
「るっるりり」
その黄金に首まで埋まって、嬉しそうにしている妖精。
「よかったなお前」
ダビドが言った。
そうだ。
本当によかった。
もしこれが四度目くらいまでの遠征であったならば、妖精はその場で切り殺されていたことだろう。
でも、もうそんなことは問題ではなくなっていた。
三人は、持てるだけの黄金を持って、再び国へ帰る準備を始めた。
しかし、今度のことで彼らにはもうわかり始めていた。
扉の先に怪物がいてもいなくても、結局は一緒なのだということが。
そして、これが最後の出征であるということが。
「さて」
用意を整えた彼らは歩きはじめた。
もはや誰一人として、迎えてくれる人のいない祖国へ向かって。


 <第三章>

「以上で今回の報告を終わります」
謁見の間。
ダビドが魔物討伐の最終報告を終えた。
新国王は疑わしげな目で、三人を見つめた。
「これでは初めての出征のときと同じだな。それじゃあ私は今晩死ぬのかね」
新国王は皮肉交じりにそう言った。
「我々は、今回の出征でこの地域にある六つの洞窟、そのすべてを探索しおえました。
洞窟への道筋はダビドが記録しています」
ダビドがうなずいた。
「そしてそれぞれの森の地形や環境、魔物たちの習性を詳しく把握することができました。これから彼がこの地域の森、すべての地図を完成させてくれるでしょう」
「それは何よりだな、英雄の息子たちよ」
国王は英雄という言葉をわざと誇張してそう言った。
三人は黙って頭を下げた。
「それでだ。その竜の隠し財宝とやらは一体どうやってとりに行けというんだね。家来をみんな出払わせておいて、その間、誰が国を守ってくれるんだね」
国王の言葉には相変わらずとげがあった。
しかし財宝に関しては興味津々のようだった。
「国立防衛軍で今晩から出征されればいいでしょう。これまでの傾向上、封印がひとつ解かれれば、その日から明後日にかけては、魔物の出現は激減するはずです」
デビはそう言った。
「だから、それまで一体だれがこの国を守るんだ。前国王のときのことを忘れたか!」
国王は顔を赤くしてそう叫んだ。
「われわれが守りますよ」
デイビッドが言った。
「防衛軍が宝を手に入れて戻るまでの間、われわれ三人で、国とあなたの命をお守りいたします」
デイビッドはあなたを、強調して言った。
新国王は黙っていた。
「そうかね。しかし、たった三人で防衛軍の欠損を補えるものかね」
新国王は信用ならないという態度を隠そうともしなかったが、彼は三人の実力を知らないわけではなかった。
彼らはたった三人で、前人未到の森へこれまで六度も赴き、そして毎回無事に帰ってきた。
そしてその度に提出される書簡からは、彼らが出征の度に強く逞しくなり、洗練されていった様子がありありと見てとれた。
間違いなく、彼ら三人はこの国でもっとも強く頼りになる勇者たちだった。
ただ、だれからも信用されない、嫌われ者なだけだ。
「お任せください。そして、その仕事を最後に、我々は引退します。もう森へ出征することはないでしょう」
デイビッドがきっぱりとそう言った。
新国王は別に驚きはしなかった。
もはや、この国で彼らに期待しているものはほとんどいなかったし、竜の洞窟から持ち帰ったという黄金を差し出す彼らの目には、ある種の決意が見て取れたからだ。
これは取引なのだと王は思った。
そしてそれは悪くない取引だった。
「これから先、森へ出征なさりたければ、我々以外のものが行けばよいでしょう。そのために、我々は力をお貸しすることを惜しみません。しかし、先ほどから申し上げているとおり、もはやこの国を覆う森に、洞窟はありません。それはこの友人が教えてくれました」
「るるりり」
三人の周りを金の腕輪を首にはめた妖精が旋回した。金色の光が広間に灯された照明を受けてキラリと光った。
「・・・そうか。わかった。竜の洞窟への出征が終われば、わが国は少なからぬ礼を諸君らに授けるだろう。それでは、下がれ」
「はっ」
新国王は条件を受け入れた。

三人は本当にこの国のために尽くした。
彼らは自発的に、自らの意志で森へと入っていったのだ。
前国王の死亡だって、近衛兵が酔っ払って持ち場を離れたために起きた事故なのだ。
それは国民の誰もがよくわかっていることだった。
ただ、誰もがあの事件で落胆し、彼ら三人に失望した。
みな、これまで魔物に苦しめられ続けた時期が、あまりにも長すぎた。
だから三人を嫌った。
新国王も同じだ。
前国王は自分の父親だった。
「・・・・・・待ちたまえ」
新国王は謁見の間から立ち去ろうとする三人を呼び止めた。
彼らは立ち止まった。
「最後にひとつ聞きたいことがある」
「なんでしょうか」
デイビッドが答えた。
「お前たちは全ての洞窟の扉を明らかにしたといった。それが封印であるならば、それらはもう全て解かれたはずだ。しかし、魔物はもう現われないとは言わなかった」
デイビッドは黙ってうなずいた。
「それはどういうことなのだ。それでは、探していた魔物の本拠地は一体どこにあるのだ」
デイビッドは首を振った。
「では一体どこからやってくるのだ。森の中に住んでいるとでも言うのか」
「そういうことです。彼らはどこからかやってきて森の中に住み着いています。人間を襲うために」
デイビッドは淡々とそう答えた。
「一体どこから魔物たちはやってくるのだ」
「そんなことは、わかりません。この世界を作った神にでも聞いてください」

竜の洞窟への国防軍の遠征は、無事に終了した。
彼らには地図をもたせ、魔物への対処法はすでに知らせてあった。
そこにあった黄金はすべて国内に持ち込まれた。
彼らが戻るまでの間、三人は防衛軍以上に王と国を守った。
ダビドが数々の仕掛けを効率的に領内に施し、網に引っかかった魔物を、淡々と処理をするだけだ。
そんなことはもはや、三人には朝飯前だった。彼らは褒美として、財宝の一部を授かった。三人とも一生暮らしていけるだけの莫大な富だった。
彼らはその金で、国の外れにある、さる奇人が建てた豪邸を買い取って、そこで暮らした。
それから一年間。
ダビドは森の地図と魔物の生態を網羅した書物を書きあげた。
デイビッドは王立軍に対して、剣術と魔物に応じた対処法を指南した。
デビも同様に魔法を使える兵士に対して、自分の持てる技術と魔術の極意をすべて伝授した。
それによって、魔物による国に対する被害は、格段に減っていった。
それでも、彼らに対する国民の気持ちは相変わらずだった。
そして、二年が経とうという頃になると、三人は自分たちの役割をすべて終えたと感じた。

「終わったわね」
デビがそう言った。
その日の晩、彼らは国へ帰ってから初めて豪華な晩餐会を開くことにした。
いつもは、癖が抜けきらず、食事は自分たちで作って食べていたのだが、今日は町の料理屋から運んでもらった。
豪奢な絨毯の上にある年代物の小さなテーブルの上には、豪勢な料理が並んでいて、あたたかい湯気を立てている。
三人が椅子に着くと、その食堂室は三人にはいささか広すぎるように見えた。
それは少し寂しい景色だったかもしれない。それでも、みな満足そうな表情をしていた。「もう、これでいいだろう」
ダビドが言った。
「ああ、もう充分だ」
彼らは酒を手に取った。
木製ではない、ガラス製のコップだった。
「では、祖国に」
「勇気に」
「三人に」
「乾杯」
「るるりり」
キンというガラスの触れる高い音がした。
彼らはその夜、大いに語り合った。
これまでの冒険の日々について。
苦しい思い出や悲しいこと。
つらい毎日や、それでも楽しかったこと。
彼らは大いに食事を食べ、飲んだ。
笑い、泣いた。
それは、最初の遠征から帰った晩の、あの国を挙げての歓迎会以来の、楽しい楽しい宴会だった。
それでも結果的に自分たちは、何かを成し遂げたのだ。
成功も手に入れたのだ。
彼らは喜んだ。
ただ、その味があまりに苦すぎただけだ。
妖精が興味深そうにしていたので、酒を与えてみた。
そしたら、顔を真っ赤にしてふらふらと机の上で踊りだした。
「うはは、こいつ酔っ払ってるぞ」
「かわいいわね」
「よし、俺たちも踊るか」
ダビドがリュートを弾き始めた。
それに合わせてみんなで踊った。
「これから、何か別のことが見つかるまで、しばらく三人でここにいようか」
「そうだな」
「それまで、つつましく暮らしましょうよ」宴の終盤、彼らはそう締めくくった。
「るるりり」
妖精はすっかり酔っ払って、ぶつぶつとそう言った。
「ぷっ」
「ふふふ」
「わっはっは」
三人は笑った。

だがしかし。
残念なことに、物事はそううまくは行かなかった。
彼らは、まだあまりにも若すぎたのだ。
いつまでたっても心を開かない国民の態度は、達観したかにみえた彼らの心を少しずつ孤独にしていった。
そして、彼らには金があった。
ありすぎるほどの金が。
三ヶ月もすると、序所につつましい生活はほころびを見せはじめ、半年もするころには彼らは自堕落な生活を送るようになっていた。その頃になると、召使を雇って家事をさせていた。
古い家具は全て新しく買いなおした。
衣服は全て仕立て直した。
毎晩酒を飲み、高級な料理を食べた。
ダビドは研究もそっちのけで、毎晩のように街へ女を買いに行くようになった。
デビは贅沢な生活を好むようになった。
そして、街のごろつきを使って、金貸しをするようになった。
「これは、復讐なんかじゃないのよ」
それが彼女の口癖になった。
一方のデイビッドは、気の抜けた老人のようになっていった。
彼はよく自室にこもって、妖精と二人きりになった。
そしてなにやら一日中妖精に向かって語りかけているようだった。

そして、そんな生活が一年も過ぎようとしたある日、決定的な出来事が起こった。
デビが阿片を吸い始めたのだ。
街のごろつきから仕入れた阿片に、彼らのつつましさは完全に崩壊した。
「これは最高だよな」
ダビドがろれつの回らない声で言う。
「あまり、やりすぎては駄目よ。身体に悪いし、何より高いのよ」
デビは平静を装っていたが、両目は左右に開き気味だった。
「いやあ、こいつはめちゃ最高だぜ。ぶっ飛んだ。脳みそぱぱぱぱぴ。どひゃひゃひゃひゃひゃ」
しかし、一番気に入ったのはデイビッドだった。彼は阿片を吸うと、床の上に仰向きに寝転がると、頭を軸にしてつっぱり、足を横横にばたつかせて時計回りに回転しまくった。ばたたたたたたたた。
床をかかとでけたたましく蹴りまくる。
ほかの二人と違って、なぜか彼の場合、阿片は気分を高揚に持っていくようだった。
「る・・るりげろろろろ」
妖精が吸い込みを喉に突っ込みすぎて反吐を机にぶちまけた。
「ぷっ」
「ふふふ」
「わっはっは」
三人は笑った。
「ぎゃはははははははははははは」
彼らの屋敷は今では散らかし放題になっていた。
召使いや家政婦をデイビッドがみんな追い出してしまったからだ。
ダビドが食事を買出しに行く、主に酒を。
デビが仕入れに行く、阿片を。
デイビッドが破壊する、高級キャビネットを。
床には、脱ぎ散らかした衣服に酒瓶、樽の破片、ガラスの欠片が散乱し、暖炉からは燃え尽きた炭が汚く床に掻き出されていた。
撒き散らした酒のせいでテーブルは触るとところどころねばねばし、床の変色した絨毯からはすえた匂いが漂っていた。
柱時計の文字盤にナイフが何本も突き刺さっているのは昨晩三人で、的当てをして遊んだからだ。
彼らはこの遊びを『時を止めるのは誰だ』ゲームと称して大いに盛り上がった。
優勝はダビドだった。
彼の投げたナイフは見事文字盤の中心に突き刺さり、断ち切られた長針と短針がその拍子に勢いよく飛び出して、それぞれ天井と床に突き刺さった瞬間といったら最高だった。
みんな床を転げまわって大爆笑した。
ぐるぐると転げまわっていたデビが割れたガラスの破片で腕を切った。
「切った切った血が出た」
それを見てまた大爆笑した。
優勝インタビューを受けたダビドは言った。
「吹き矢だったら一発だったぜ。こないだ店てやったら女に大うけだった。その日はヤリ放題だった。もちろん全員百発百中で大当たりさせてやったぜ」
「ぷっ」
デイビッドがぶどう酒を噴出した。
「ぷぷぷ」
デビも鼻から噴いた。
「るりりり、・・・げろろろ」
そしたら妖精が阿片を吸ってまた反吐を吐いた。
みんなそれを見て大笑いし、デイビッドが舞い上がって、外にベッドを引っ張りだし、奇声を上げながら二階へ駆け上がったかと思うと、窓枠を伝って屋根によじ登りほえた。そして、両手を満開の星空に広げ空を仰ぎ見ると、大声で万歳と叫んで後ろ向きに飛び降りた。
何事がはじまるのかと下でぎゃあぎゃあはやし立てながら見守っていた二人は、外に出ると大声でわめき散らした。そしてデイビッドは見事に、ベッドへと無傷で、着地することに、成功した!

そんな日が数週間ほど続いていたが、やがて屋敷は奇妙なほど静まりかえっていた。
部屋は一切の家具が片付けられ、窓という窓にはぶ厚いカーテンが引かれて室内は真っ暗だった。
床には縦横無尽に赤い塗料で複雑な模様が円形に描かれ、壁には剣で彫られた奇妙な幾何学模様が彫られていた。
そして部屋の真ん中に、全身を黒い布で頭まですっぽりと被った三人が、車座になって座っていた。
その姿を彼らの周囲に所狭しと灯されている何百本もの蝋燭が照らし、床や壁に不気味な影を揺らめかせていた。
神妙な顔をしながら、彼らはゆっくりと阿片を廻し飲んだ。
しばらくして、ダビドが静かに沈黙を破り、中央の祭壇にある一際大きな蝋燭に照らされながら、分厚い書物を開き古代の言葉でなにやら唱え始めた。
二人と妖精は神妙な顔をして、それに聞き入った。
本を閉じると、ダビドが再び阿片を取り出し、吸い込んだ。
それをデビに廻す。デビが吸い込んだ。
それをデイビッドが吸い込み、最後に妖精が吸い込んだ。
「目を閉じよ」
ダビドがそういうと三人と妖精は目を閉じた。
彼らはひたすらに意識を集中し、蝋燭の燃える音に耳を済ませた。
しばらくすると、ダビドが言っていたように、信じられないほどの高揚感が体中に満ちてきた。
「もう大丈夫だ」
目を開く。
世界がぐにゃぐにゃに曲がっていた。
蝋燭の炎があちらこちらで舞い踊り、それは王宮で見た舞踏会の比ではなかった。
「こいつはすげえや」
「す・・・すごいわね」
「だから、こういうのはやっぱり環境が大事なんだよな」
ダビドが得意げに言った。
その目は右目の瞳が右を見て、左目の瞳が左を見て、瞳孔は開きっぱなしだった。
ダビドがリュートをとりだした。
「そこでだ。これをこうするとだ」
「ど、どうなるの?」
デビはそう言ったが、デビ自身はそれを言ったのはデイビッドだと思っていた。
ダビドが音楽をかなではじめた。
「きゃあああああああああ」
デイビッドが悲鳴を上げた。
「デビ、デビ。すごいわね」
デビはデイビッドのつもりで、隣に座っているデイビッドがデビだと思って彼女にそう言った。
真ん中の蝋燭の揺れ動く炎の中に音楽が頭皮から、身体を引っ張った。
そのとき、ダビドが言った。
「おい。おい見ろよ」
「おい、見ろよダビド」
「おい。見えてるか?」
「見える、見えるぞ。これは、ひょっとしてこれは」
「るるりりりりりりりりり」
「神だ」
デイビッド役のデビが叫んだ。
「おい妖精、見てるか?神だろこれ?」
「るりるり」
妖精はうなずいた。
「この世界を作った造物主だ。な妖精?おいなあ、デビ」
デビからそういわれ、ダビドは首をかしげた。
「うわ」
そのときデイビッドは初めてそれに気がついた。彼らの目の前、魔方陣の真ん中にこの世界の創造主が、俺が現われた。

「参ったよ」
俺は熱い蝋燭を避けて、彼らに席を空けてもらい、床に腰を下ろした。
尻が冷たくて仕方なかった。
「君たちは一体なにをやってるんだよ」
「阿片を飲んでいます」
「知ってるよ、ずっと見てたんだから」
俺は呆れて言った。
「神様」
「君たちにとって僕は神様と言えるんだろうけど、その言い方はなんか嫌だからやめてくれ」
「じゃあ、創造者さま。阿片をどうぞ。上物ですよ」
「やめとくよ」
断った。例え自分の作った世界の中とはいえ、ここでそんなものすってたら、誰がどう思うかわかりゃしない。
「ところで、君たち、魔物退治はどうなったんだよ」
彼らは顔を見合わせた。
そしてけらけらと笑い始めた。
「もう随分以前に終わりました」
「みたいだけど、どうして?俺はてっきり何か魔物の本拠地みたいなところが出てきて、それで何か退治するみたいな感じになるんだろうと思ってたんだけど」
「私たちもそう思ってました」
「どうして、やめちゃったんだよ」
「そんな場所ないって気がついたんですよ」デイビッドが言った。本物のデイビッドだ。「なんでだよ」
「悟りました」
「勝手に悟らないでくれよ」
俺は怒って言った。
「ともかく、森の中にも洞窟にもそんな場所ありませんよ」
デビとダビドが阿片を廻し飲みしながらそう言った。二人は寝そべった。
「参ったな」
俺は腕を組んでしばらく考えた。
「じゃあさ、こういうのはどうだ。実はある山の奥に邪教の神殿がある。そこには国から邪教徒とされている人々が隠れていて、でも単純に邪教とは言い切れなくて、その中に祭られている神様が実は、魔物とされる存在を作り出していて、そんで世界の均衡を作り出しているのを、国から迫害されてきた君たちがこれから二度と戻らない旅に出る途中で気がついて、山に赴き、人間たちや魔物と戦う中でその事実を知って苦悩するけど、大きな御世話だ人間は自分で自分を均衡させるぜということで、神と戦い、永い眠りにつかせる。そして君たちは歴史に残らない影の英雄となる。ということに今からしたら、お前たちはどうする?やる?」
俺は尋ねた。
「そこで気がつくのは、たぶん私の役目でしょうね」
「なにを」
「魔道具を使って、その山に魔素の気配が全くないことに気がつく。これは逆に怪しいと」
「いいんじゃないかなそれ」
俺はそう言った。
「でも、無理ですよもう」
デビはそう言った。
「どこからそんな気力が出てくるんですか。みんなもう森にすら入れません。私は家からさえ出れません」
デビはデビに戻っていた。
「何かいい手はないかい」
俺は三人に聞いた。
ダビドは再び、音楽をかなで出した。ビャーン。
「ないです」
「例えば、もう冒険は無理だから、国の内部でなにがしかのことが起きるとかどうですか」
デイビッドが少ししゃんとして言った。
「どんな?」
「新国王が実は黒幕。司教も悪役。彼らが裏で魔物を操ってたんですよ。封印と財宝もそこに関連しているんです。そこに我々三人が現われて戦う。欲に目がくらむと、ろくなことにならないぞ、っていうのです」
「成金になって、堕落して阿片吸って屋根から冗談で飛び降りるようなやつにそんなことできるもんかよ」
俺は呆れて言った。
そして頭を抱えた。
「どうしてこんなことになってしまったんだろう。どこから」
三人は笑った。
「仕方ないですよ。これも運命です」
「いいのかそれで」
「それより神様」
「ん?」
「他の神様に聞いてみたらどうです?造物主の仲間くらいいくらでもいるでしょう」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「だって邪神がいるんでしょ?だったら神様だって一杯いるでしょう」
「君たちが国のみんなと一緒に過ごせないわけがわかったよ。この国は一神教だろうに」
「森に長い間いたからかしら」
デビが阿片を飲み込みながら言った。
「一度にやり過ぎだぞデビ」
デイビッドが言った。
「そうだデビ、やめといたほうがいいぜ。俺は阿片の知識なんか全然ないんだから、急に死んでもしらんぞ」
ダビドからすすめられた酒を飲みながら、俺は一応忠告した。
「で、どうなんですか。他の造物主の仲間に聞いてみたら」
「そりゃ私と同じような造物主や存在はたくさんいるけどなあ。メールやデンワをしてみてもいいかも」
「メイルって、神界にも鎧あるんですか」
「なんでもないよこっちの話」
酒が回ってきたので、だんだんしゃべるのがつらくなってきた。
あるいは三人の阿片が薄れてきたのかもしれない。
「それじゃあ、君たちどうしたいの」
「これから考えますよ」
デイビッドが言った。
三人ともそういう意見だった。
「妖精は?あんた一体なんだったの?」
「るりりりり」
妖精も目が寄っていた。
「わかったよ。もう好きにしろよ」
「じゃあ、デイビッドひとつ教えてくれよ。」
「なんですか」
「あんた、引きこもりになってたときがあったよな。阿片に手を出す前に」
「ええ。阿片のおかげでなんとかなりましたが」
「あんた、あのとき何してたの?妖精と二人で」
「さあ、寂しかったのでいろいろ話してただけです。忘れました」
「そうか」
俺は酒をさらに飲んだ。
酒だけでも充分におかしくなってしまいそうな状況だった。ダビドが奏でる音楽がゆらゆらと漂っていた。


 <最終章>

どのくらいの時間三人はそうしていたのだろう。
何週間も経ったような気もするし、数時間くらいしか経っていないような気もした。
部屋の隅で、デビとダビドがぼうっとして壁にもたれていた。
蝋燭のほとんど消えた室内は暗く、しんと静まり返っていた。
デイビッドがふと気がついたように、黒いフードを脱いだ。
ずっと寝ていたような気もするし、ずっと起きていたような気もした。
身体中が痛かった。
胃からこみ上げる吐き気と頭痛が酷かった。彼は誰かがくんで来たらしい、水がめに頭を突っ込むと、そのままごくごくと水を飲んだ。
そしてテーブルの前に、ふらふらとやってきて腰掛けた。
そこに眠っていた妖精が、おきだして伸びをした。
デイビッドは、妖精にそっと指を差しだした。
彼に気づいた妖精がその指をみつめた。
そして、デイビッドは小さい声で、ささやきだした。
「思い出した。あの頃ずっと謝ってたんだよな、お前を殺そうとしたことを。あのあとも何の不平も言わずに、お前は自分たちを導いてくれたのにってさ」
妖精は小さな手のひらでそっとデイビッドの一指し指を掴んだ。
「そのとき私はお前に繰り返し神さまについての話をしたんだ。神様に会えたら自分が森で気づいたことや、魔物にも心があるのか話してみたいって」
「るりるり」
デイビッドの呟きは続いた。
「そうだな。そして、この世界を作った神の世界ってのはどういう場所なのか話していたんだ。造物主の世界っていうのはいったいどんな国なのか。行って見たいっていったな」
「るりりりり・・・・」
そして、何度かデイビッドの手を挟んだり、離したりした。
その小さな手のひらは冷たかった。
デイビッドは微笑んだ。
「そういえば、お前にはまだ名前すら付けてなかったな。お前は四人目の仲間だったのに」
デイビッドの瞳には光が戻っていた。
阿片は抜けてきたようだった。
「デ・・・、ディ・・・・。いや、もうDから始まる名前はこりごりだ。そうだな。お前はロードだ。ロードという名前にしよう。Dで終わる名前だ。なあ、マイ・ロード。ウェア・イズ・マイ・ロード?」
その言葉がデイビッドの口から放たれたとき、妖精は小さくうなずいた。
そして二階への階段を指差すと、羽根を羽ばたかせて、ゆっくりと飛んでいった。
デイビッドと妖精の話をぼんやりと聞いていた他の二人は、顔をしかめた。
妖精、ロードがそういう仕草をするとき、それは洞窟がある方向を指し示すときだったからだ。
「ねえ、デイビッド」
デビがふらふらと身体を起こした。
「ああ」
「行ってみましょう」
壁にもたれていたダビドの顔は、かつて森のなかにいたころに戻っていた。

三人は二階へ上がった。
妖精は彼らがデイビッドの部屋へ入るのを見届けると、そのまま窓から外へ飛び出した。かつてデイビッドが屋根へと上っていった窓だった。
窓の外は暗い。
今は夜だった。
「屋上に来いってか」
三人はかつてのデイビッドの勇士を思い出して、くすくすと笑った。
彼らは、デイビッドの後に続いて、窓枠に手を掛けると、順番に屋根へと上がっていった。
初春のやわらかい風が吹いていた。
「素面だと相当怖いな」
デイビッドが苦笑いしながらいった。
「もう一回吸ってきますか」
ダビドが冗談めかして言った。
「お願いだから今しゃべらないで」
高所恐怖症のデビが下を覗き見て、顔を引きつらせながらそう言った。
空には雲ひとつなかった。
そして満天の星が広がっている。
どうやら今日は新月らしいかった。
彼らは全員屋根へとたどり着いた。
するとそこには、まっすぐに空から、ひとつの光線が落ちていた。
彼らは目を細めた。
ほんのりと輝く光の一筋。
それは階段だった。
遥か天へ向けて、高く高く輝く、白い階段だった。
それが屋敷の屋根から天空に伸びているのだ。
「るるりり」
その階段の前に妖精がいた。
三人はそれを見上げた。
「ロード、これはなんだい」
ダビドがまだろれつの回らない声で言った。
「ロード、なのそれともロード?」
デビが綴りを気にしてデイビッドに聞いた。
「さあね、どっちなんだろうね。ロードに聞いてみたら」
彼らはそんな話をしながら、空を見上げていた。
「るるりり」
ロードは輝く階段を指差した。
「これが、それなのかい」
デイビッドが尋ねた。
妖精はうなずいた。
そして、くるくると光る階段の周囲を何度も回った。
首に掛けた金の腕輪がキラキラと光った。
そして、デイビッドの肩に静かにとまった。
三人は御互いを向き合った。
デビとダビドは、デイビッドの肩にいるロードを見つめた。
ロードは右手をあげるような仕草をした。
二人はうなずいた。
もう長い付き合いだ。
それが、意味することは三人にはすぐにわかった。
そして、二人は静かに首を振った。
ロードは小さくうなずいた。
「三人一緒はここまでみたいですね」
ダビドがそう言った。
「これ以上高いところへ登るなんて。私には阿片が効いてても無理ね。本物の馬鹿じゃないと」
デビがそういうと、三人はまたデイビッドの万歳落下を思い出した。
「ぷ」
「くっくっく」
「わっはっは」
三人は笑った。
「デビは?」
ダビドが笑いながら尋ねた。
「私は、そうね。これでも少しはお金関係うまく行ってたのよ。これからまともな金融屋でもやるわ。少しつてができてたし、国を出るわ」
「とうとう錬金術まで極めたわけか」
デイビッドがわざと呆れたような顔をして言った。
「阿片は大丈夫なのか」
「もう吸わないわよ。それぐらい神様に誓えばやめられるでしょ」
「それじゃ私も神様に頼むとするか。まず阿片はやめます」
「真似しないでよ」
「うははは馬鹿いえよ。
まあ、今までめちゃくちゃしてきたけど、とにかく子供がいるっぽいんですよ。私は国に残ります。もうちょっと森に未練がありますしね。学問に戻ります」
「ダビド」
デイビッドが手を差し出した。
彼らは固い握手を交わした。
「デイビッド、これを」
ダビドが背中から剣を取り出した。
かつてデイビッドが使っていた、払い下げの普通の剣だった。
「わざわざ持ってきたの」
「そりゃロードがあの仕草をするんですもの。新たな冒険のはじまりですよ」
デイビッドは驚きながらも剣を受け取った。
「ありがとう」
「あんまり無茶しないでくださいよ」
「言うだけ無駄よ」
デビがそっぽを向いた。
「初恋は、実らなかったな」
デイビッドがデビに言った。
「御互いにね」
「私だってそうです」
「やれやれね」
「英雄の息子のくせに、死ぬぐらいなら、帰ってきてください」
「わかった」
デイビッドは剣を腰に挿した。
「じゃあ行くか」
「るりるり」
彼らはうなずいて、手を伸ばした。
三人はハイタッチをした。

デイビッドはロードとともに一人、高く高く白い階段を上っていった。
一段一段を踏みしめて。
満天の星空めがけて、真っ直ぐにすすんでいった。
もう後ろは振り返らなかった。
階段の光はどんどん強くなっていった。
彼は長い間歩き続けた。
デイビッドは光の中に吸い込まれていった。
そしてとうとう最上段までたどり着いた。
階段が途切れ、そこは踊り場のような場所になっていた。
真っ白い世界。
光に満ちた場所だ。
その踊り場の中央、何もない空間に、小さな四角い扉が浮かんでいた。
その扉は虹色に輝いていた。
デイビッドが立ち止まって、それをしげしげと見つめていると、肩にとまっていたロードがひらりと飛んだ。
「るりるり」
四角い不思議な扉の前に浮かんで、ロードはデイビッドを真っ直ぐに見つめた。
デイビッドはうなずいた。
「るりりりりり」
妖精はうなずくと目を閉じた。
そしてゆっくりとその扉に近づいていった。ロードの小さな手が、その虹色の扉に触れた。
その瞬間。
パリンといって青い光がはじけた。
妖精は青い飛沫となって輝いて散った。
ロードの首にかけていた腕輪が、デイビッドの足元に転がった。
さきほどまで虹色に輝いていた場所、そこは真っ黒になっていた。
扉は開かれた。
ロードの飛沫が青い雪のように漂う中、
デイビッドは腕輪を拾って、しばらく目を瞑った。
そして、腕輪を身につけた。
白い世界にそこだけ開いた黒い穴。
しかし、どうやらそこにはまだ黒いガラスのようなものがはまっているようだった。
デイビッドは剣を抜こうとしたが、やめた。あんまり無茶するなと言われたばかりだしな。
代わりに彼は自分の服装を正し、背筋を伸ばすことにした。
そして深呼吸すると、腕輪をした右手でそっと、そのガラスをノックした。

俺はパソコンのディスプレイを見つめながら、さきほどからしばらく考えていた。
腕をくんで目をつぶる。
とりあえず、机のうえにある茶を飲んだ。
彼が選んだことだ。
それに、デイビッド自身が言っていたではないか。
これは運命だと。
再びディスプレイからノックの音がした。
まるで急かしているかのようだ。
そんなに来てみたかったのかよ。
阿片中毒だったくせに。
そんなに現実の世界が嫌いでもなさそうだったくせに。
なら、なにも問題ないよな。
俺も彼を見習って、自分の服装を正すことにした。
そして背筋を伸ばして、再びキーボードに手を置いた。
黒いガラスに文字が白く浮かび上がった。
まもなくやってくる彼に、神は語りかけた。

「ようこそ、幻想の国ファンタジアへ」



Ping Pong The Animation Soundtrack - 38 - Ping Pong Phase2




inspired by
・漫画太郎珍遊記
冨樫義博『レベルE』
筒井康隆『旅のラゴス