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「なでこSMILE」のアニメ感想BLOG

アニメや漫画などについての、自分の思いを記録するブログ

parallel stripes

初稿<2013/02/27>

彼は自分というサイコロを
人生に放り出し、常に出た目ぞ我と甘受するほどの
矜恃を持ち合わせたる人格者だったが、
ついぞ飛行機事故に遭って死ぬその刹那まで、
採算の取れぬ地上げを待つような喫茶店の亭主や、三代続いたクリーニング店の婿養子、
果ては高給取りを父兄に持つ二男坊のやるリサイクルショップのような、
ひからびた色彩を放ついなたい風体の人間、
ハレーションを起こしたような白霞がかった余韻の風景こそが、自分の本来あるべき姿、場所であるという疑惑を拭い去ることができなかった。

器用貧乏と呼ばれるほど不器用でもなく、
男前と言えるほどの器量もなかったが、
それゆえに持ち合わせた人生観により地方銀行の総合職として人並み以上の出世をし、かつ野心と執拗さから外資系金融機関へと四十手前にして転身を成しとげたその努力は、
ある種の諦観を滲ませるものであったが、疑うべくもなく賞賛されてしかるべきものだった。

彼は自覚として、自身の才覚を正しく把握しており、幼少のみぎりより振るサイの器はもっぱら好嫌より得手不得手と定めたが、もっとも刮目すべき才気は学業や職能などの人生を左右する節目の時期において、努めて好きではないが得意であろうものを疑いなく求めた点だ。
こうした自意識により元々早熟であった彼だが、現状の自己弁護による抑圧や内罰的な他者依存に陥ることもなく、人並み程度の労苦を担いきる胆力を順当に養い育てることが充分にできた。映画をこよなく愛し、社会人になり多少ギャンブルと女好きな性分もあったがどちらもご愛嬌の範中で、三十路をまたぐあたりで結婚してからはそれらは落ち着いた。
彼は大学の時分より交際していた女にとってよき夫であった。子宝には恵まれなかったが、家柄として外圧を生じさせぬほどの責務を十二分にこなし、仲むづまじい夫婦はその愛犬とともに世間に好意的に受け止められた。

彼が転職を考えるきっかけとなった単身赴任時、社宅が平屋であったため連れてくることができた愛犬とともに東北の田舎町を散歩をしていた日々が、もっとも先に述べた彼の願望とも逃避ともつかぬ欲望に関して鮮やかに意識の裏側に焼き付けられた時間であり場所となった。
つるの伝うコンクリートブロックの生け垣や、破産した自動車企業のとたん看板の下にいる片目の太った野良猫。中が見えないほどこけ蒸した水槽の並べられた町工場の住居。散髪屋の出窓に飾られたカツラをつけたマネキン。頭上で何かを打ち込むような鈍い衝撃音がしたのは前の座席に座っていたはずの男が天井に叩きつけられたからだった。シートベルトが外れたのか、そのまま通路に不自然な形で挟まった。水彩絵の具のような青い陽炎が立ち上り、逃げ水を犬と二人で見つめていた。目の前の二階の窓で段ボールをカーテン代わりに幾重にも貼り付けている家には、偏屈な老人が一人で住んでいた。彼は集団登校の子供たちが、その家の前を通る際みんなで息を止めているのを何度か目撃した。酸素マスクのようなものは降りてこなかった。悲鳴が木霊するさなか、機内アナウンスも呼び出し音が鳴ったように思うが何も聞こえてこなかった。こうして中途半端に漫画と新刊雑誌の両方に手を出している古本屋をみていると、別段彼は田舎の出身ではなかったが、古めかしい古書店より親しみを感じた。漏れ出てくる有線放送の音を犬と聞いていた。窓際の中央なので丁度翼がよく見えたが、別段エンジントラブルのようなものでもなさそうだった。ただ機体は先ほどから大きく旋回しているようだった。灯りが見えるからとうに機体は地上にいるのだろう。神社が好きでもないがいつもの散歩コースの最終地点だった。犬が毎度どうしても石段を登りたがったからだ。必死な様子で上る犬についていき、丁度町の裏手にあたる高台になった境内へ出てても、墓場と畑と彼のいる無愛想な社宅しか見えなかった。ベンチに座ると犬はしばらくあたりの匂いを真剣にかいでいた。彼が死んだのはシアトルで現地雇用者向けに行われたレセプションパーティーの手伝いからの帰りの便だった。しばらくして犬がもう行こうと彼の顔をみつめたとき、彼は転職を決意した。そうするとなぜだか、普段の妙な郷愁めいた風合いのあこがれはもっとずっと身近に感じられ、彼にとってはこうした小さな田舎町の片隅で、自分は偏屈に他人を嫉んで退屈に過ごしていくべきであるという気持ちが、決して偽りのものでも逃避でもなく真実心にかなったものであることを知った。このときばかりはサイコロを未知の領域へ放ることでしか、自らの理路を見いだすことができなかった。出目は問題ではなかった。
 それからずいぶんと時が経ち、田舎町はしばらくして市へ昇格となった。だが国家の人口が当時の半数近くにまで割り込んだこの時代に至っては、その実相は廃村とすら呼ぶに値するものではなかった。民家や公共施設、路線や果ては国道までもが放擲され、青い道路交通標識はへし折れていた。建築物の多くは取り壊され更地となり、国有地は草に覆われた。散髪屋は立派な竹林になっていた。神社の石段は木々に覆われてだんだんが消え、山道の果てに石づくりの鳥居の頭だけが五尺ほど緑色に覗いていた。土砂に埋め込まれた窓ガラスに段ボールの張られたあの家のみがまだ奇跡的にその心棒の枠組みを残していた。中の空気はよどみ、白く臭く冷え切っていたが、シロアリの穴ぼこだらけになった大黒柱が静かに小さな空間を支えていた。そこに雑種の野良犬が一匹住み着いていた。普段何を食べているのか、結構からだの大きな美しい犬だ。それはむろん彼の犬とは血筋も何も関係はなかった。町に一軒だけあったコンビニは取り壊されてのち、しばらくの間商用の花畑となっていたが、今では雑草の生えた草原になっていた。だがそこだけは昔の名残で菊が毎年咲いた。今は地図にすら載っていないこの朽ちた田舎町は、彼の理想とした生き方のできる場所と大きく異なっていた。彼のあるべき場所は今、ただの山であり森だった。
犬は朝方帰ってくると、いつものように寝床で目をつむってゆっくりと眠りだした。


inspired by
梶井基次郎『檸檬』
庵野秀明ラブ&ポップ
・デヴィッドフィンチャーファイトクラブ