「なでこSMILE」のアニメ感想BLOG

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映画「リズと青い鳥」の感想<ネタバレ注意>

 人間のアイデンティティーの揺らぎを描いた、エンタメというより文芸映画作品でした。
 「響け!ユーフォニアム」という作品のスピンオフとして見ると、作りが根本から異なっているし、単体の劇映画で見るには、テレビシリーズの文脈を踏まえていないと、その意味するところが小さくなりすぎてしまうという、その寄って立つところから見ても珍しい映画です。
 本作で特に面白いと思ったのは、小説でいえば作中における「人称の変化」で、みぞれの一人称として語られていた世界が、追って見ていくうちに次第に混濁しはじめ、スプリットスクリーンで二人がハモるあたりで、この映像世界が、希美の一人称でもあったということが明らかになるという部分でした。
 丁度のそのことが明らかになるのが、「リズと青い鳥」という作中内作品の解釈を反転させた、つまり相手の立場に立ってものを考えることができたというところであり、お互いが自分たちは実は鏡像関係にあるのだ、似たもの同士なのだということに気付くという部分で、そしてそれゆえにこそ精神的に自立していくという部分が、脚本として大変綺麗でした。そしてそれを劇的な演出で示すのではなく、人称を交差させたままで最後まで描いていたので、語り方が三人称的な視点まで突き抜けきらず、いわば「二人称的」とでも呼ぶべき不思議な視点で終わっていたのが、とても興味深かったです。
 もちろん、二人が進路を別々に選んだことを、左右に分かれて音楽室と図書室に入るシーンをカットバックさせるなど、映画的な語り方をしてわかりやすく伝えている部分はありましたが、まるで表現主義の映画のように、青と赤の色がにじんで、紫色のようになっている絵を見せるカットを、終盤で意図的に挟み込んでいるところを見ると、この作品の意図するところは、成長や経験を描くというよりは、あくまで内面的な揺らぎ、いわば「アイデンティティーの確立」そのものを描くというようなところがあり、キャラクターを描き分ける、葛藤をストーリーでドラマ的に語るということがメインに置かれることが多い、昨今の映画の文脈からはかなり離れた、挑戦的な作品だということができます。そういう意味では、この作品は女性同士の恋愛を描くものを「百合作品」と定義した場合、百合ではありません。どちらかというと、幼少時によくみられる、自分の身体の同一線上を、そのまま他者と認識してしまう意識のありようのような、繊細な自我のあり方がテーマとなっています。
 もう一つ今作で面白かったのが、生物教室の「フグ」です。このフグですが、直接的にはなんの例えにもなっていませんでした。もちろん詳しく生態を調べたりだとか、水槽のなか、生物教室であることの必然性を考えるなど、いくらでも象徴的な意味を見いだせるかもしれませんが、少なくとも私にはフグにみぞれが餌をやっているシーンを見たときは、みぞれの視線のショットやテンションを反映した息の詰まるようなシーンの連続のなかで、一息付けたような安心感がありました。作中内で描かれる象徴的な動物は鳥だったので、魚のしかも「フグ」であることは、映画には何の関係もありません。ご存じのとおり、映画、とりわけアニメ映画には、その制作の都合上、描かれるものすべてに象徴的な意味を持たせなければならない制約、いわばアドリブやライブ表現が難しいという特徴がありますが、この明らかに映画の必要性から意図的に外して配置されているフグのシーンは、まるで映像の流れに休符を打つように突出して目立っていて、いわば無象徴の象徴、完全に担保された外部のような印象があり、フグの存在そのものだけをフグの存在として映し出しており、正直それだけで、この映画を見た甲斐があったなと思いました。この魚が「フグ」であるということは、映画というポスターを壁にとめている「押しピン」みたいなものになっていたと思います。
 以上、単品でもアニメシリーズの単なる続編としての映画化でもなく、また少女の箱庭的世界を外部からのぞき見するに留めた映画でもなく、そして窒息するかのような異常な情報量でのみ構成された、いわば完全に機能美のみで固められた映画だけでもないという三つだけに注目してみても、近年まれにみる大変面白い作品だと思います。傑作です。
 「響け!ユーフォニアム」シリーズをみていて、映画が好きな方はぜひ劇場へ行かれることをオススメします。
 ありがとう京都アニメーション


『リズと青い鳥』本予告 60秒ver.